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春夏秋冬・百式

おじいさん、ご飯はさっき食べたでしょ

バースデーカード見てきたよ

橋もっさん バースデーカード

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今日書かないとこのブログの存在意義が

(おもに脳内反省委員会によって)問われるので書きますけども

亡き家族からバースデーカードが未来の自分たちに向けて

託されてくるっていうのは、一見素敵な美談に思えますけど、

一方では相当精神的に「キツイ」話じゃないかと思うんですよ。

残された方にはね…。

だって、折角年月が癒してくれた悲しみを、

バースデーカードを開くたびに新たにするわけでしょう。

平和な日常であれば懐かしむこともできるんですけども、

精神的にちょっと弱ってたりすると

亡くした(失くしたでもよい)人間があたかも今送ってきたような

筆跡を目にしたりするとですね、悲しいっていうより、

「あーもうやだもうそっちの世界に行きたい!!!」って

なったりすることもあるわけですよ。

わたくしの例であれば押入れの奥から数年前に猫に殺られた

飼っていたインコのかじり棒が出てきたことがありまして、

そのくちばしの痕をみるなり号泣してしまいまして、

「もうやだインコの住んでる世界に行く!!!」って

喚いてしまった大変お恥ずかしい想い出がございます。

強い人なら普通に懐かしむことができて

そんなことないのかもしれませんが、

亡くなった人からのバースデーカードって、

そういう側面もあると思うのですよ。

 

んで、映画にはその辺をちゃんとカバーするエピソードも

出てくるのでさすがだと思うと同時に、

「悲しみを新たにするのはそんなに悪い事だろうか?」という

反問的なものもテーマに込められているなあと

解釈しました。私は。

 

ところでインコが猫に殺られたせいで、その後はずっと

猫は不倶戴天の敵、みかけるだけで石投げつけたくなるほど

嫌っていたわたくしですが、

最近は猫もかわいいとこあるなあと思えるようになりましたし、

今やねこあつめなんてグッズを買い集めて飾るほどです。

くるみはんとか名前までつけてw

 

それと同様に人はきっと、

亡くした人の痕跡や思い出を目の当たりにして

後ろ向きに悲しむのではなく

感謝と共に懐かしむことができるように変われるものなのかも

知れません。

 

そんなバースデーカード、

木村カエラさんのテーマ曲も素敵なのですが、

やはり私はこの宇多田さんのおそらくは「彼の方」に捧げられたであろう

この曲がぴったりだなあと思うのです。

花束を君に

花束を君に

 

そんでおかあちゃんに返事を書く続編「バースデーカード2」マダ?